今日の坊主の独り言

寂しさの色気

January 31, 2016

この人苦手やなあ、と思ったり

話合わへんなあ、と思ったり

軽蔑するなあ、と思うことがあっても、

 

昔からあんまり人を嫌いになる、ということがありません。

 

小学生ぐらいのときは、嫌いな人が3人いたのですが、

 

大人になれば双方それなりに分別がつきますし、

付き合う頻度や深さも、自分次第でいかようにもなるので、

嫌いになるタイミングもなくなってしまいました。

 

絶対顔を付き合わせないといけないところで、

嫌がらせをされ続けたり、

何らかの悪意をむけられ続ければ、

さすがに憎いし嫌いになるんだろうけど、

現状周りにいる人や、ふわりふわりと漂って交友している

今の自分の生活スタイルも影響して、嫌い、っていうのがない。

 

もうちょっと嫌いになってもいいのでは、

と昨日ふと思い、

なんで嫌いになれないのかを考えていたのですが、

大人になるにつれて、

人の寂しさに色気を感じるようになったのが

大きいのかなあ、と思いました。

 

どういう風なコミュニケーションをする人であれ、

そのコミュニケーションの隙間から垣間見える、

その人オリジナルの寂しさを発見してしまうと、

 

性差関わらず、たまらなく

 

ええやんええやん!

 

と思える。

 

そうして一つええやん!と思えてしまうから、

嫌い、という言葉まで辿りつかなくなるのじゃないか、

という結論に達しました。

 

 

ちなみに、大人になってから昔嫌いだった3人のうち2人に会い、

 

「ほんま嫌いやってんな〜。」

 

と伝えてみたら、嫌いじゃなくなり、

その後普通に友人関係を築くようになりました。

 

あと1人は小学生以来まだ会えてないのですが、

 

彼女にも、「嫌いやってんな〜」

 

と言えたら、嫌いな人はいなくなってしまうのかな。

 

それもなんだか寂しいナア。

 

 

 

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