今日の坊主の独り言

サンドイッチとの距離感

January 30, 2016

失って初めてその存在の大きさに気づくこと

 

は、生きているとしばしば訪れることかと思いますが、

 

 

私がサンドイッチに支えられていると気づいたのは、

20105月のことでした。

 

春に大学を卒業し、

「おら、とりあえず東京さいくだ」

と決意、

「おら、とりあえず10万ぐらいあったら上京できるだ」

と、上京資金を稼ぐ為に、

5月の二週間、天川村という奈良の山奥の宿で、

住み込みのアルバイトをしていました。

 

大峰山のふもとに位置するその宿は、もともと行者の宿、と呼ばれ、

修験道の修行者が大峰山に登るために宿泊する場所、だったそうな。

 

今でこそ観光地化してますが、山奥に行者の宿のみ並ぶその一帯は、

そこだけ別の時間が流れているような、ひっそりとした不思議な場所でした。

 

前置きが長くなりましたが、そこでの住み込みのアルバイト。

朝から宿の仕事をして、休憩時間は近くの川で黄昏れて、

三食まかないを食べて、また働いて温泉に入って寝る、

と、結構楽しく過ごしておりました。

 

なのですが、働きはじめて5日ほど経ったとき、

〝何か〟が足りなくてイライラし始めたのです。

 

その人里離れた宿一帯は、宿or山、しかありません。

コンビニなんてもちろんない。

まかないは毎日和食です。

近くに商店はありますが、お菓子や菓子パンしか売っていません。

 

菓子パンしかない……なんでや……なんでや……。

もっと身体がジューシーなものを欲しとるのに……。

なんでカラッカラのパンしかないんや……。

 

水分を……我にパンと、水分を……。

 

なんでサンドイッチがないんやあああ!!!

 

 

6日目にようやく気づきました。
私はその山奥でサンドイッチが食べられない事に、

憤りを感じていた、と。

 

サンドイッチは、好きか嫌いかと問われれば、

好きだよと答えるけど、

 

6日距離を置いて憤慨するほど、

そんな、そんな好きだったか私?

 

と自問自答してみて、

これまでの過ぎ去りしサンドイッチ達を頑張って思い出してみて、

分かったんです。

 

どうやら週5で食ってたらしい、と。

 

一日の中で、どこかで一回サンドイッチを食べるのは

あまりにも当たり前過ぎて、

 

サンドイッチへのありがたさ、

忘れてたわ、サンドイッチ。

 

ごめんな、サンドイッチ……。

うち、今まであんたにどれだけ支えられてたか、

気づかへんかったわ。

ほんま、かんにんやで……。

 

と、アルバイトが終わった下山後に

サンドイッチを呼び出して、

泣いて謝ったとかいないとか。

 

 

 

p.s  サンドイッチを頬張りながら

 

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