​2021.11.6    mizhenより大切なお知らせ

​佐藤幸子 mizhen脱退のご挨拶

2019年の年末頃から mizhenをお休みさせてもらっていました。

とはいえ、その間も声を掛けて頂いた仕事は一緒にやらせてもらっていたし、2人とも連絡は取っ ていたのですが、それまでとは少し距離を置いた状態で活動をしていました。 休むきっかけは、今思うと疲れが溜まっていたのだと思います。

「疲れが取れたら戻るわな…堪忍な…」と、夜風に当たりにいくような気持ちで休みに入ったの ですが思っていたより疲れはしつこく、そして少しずつ疲れが取れ始めると今後どう生きていきた いかを考えるようになりました。

mizhenを離れるというのは私にとってあまりに大きな決断で、腹を決めて2人に伝えるまでもの すごく時間がかかってしまいました。1年半もの間、戻るとも戻らないとも言わない私を、藤原 さんも蕗子も何も言わず見守ってくれました。

 

2011年に上京して、ENBUゼミナールでたまたま同じクラスだった藤原さんと蕗子さんと出会 い、いつの間にか10年が経っていました。

喜怒哀楽、悲喜交交、様々な感情を味わい、山あり谷あり随分濃い時間でした。良いことばかり とはいきませんが、たくさん話して、たくさん笑いました。mizhenにいた時間は少し遅れてきた 2度目の青春のような時間だったような気もします。
mizhenにいなければ出会えなかった人たちや経験できない仕事ばかりでした。

蕗子とは性格や考え方、大体のことが正反対で、お互いのことをとにかくたくさん話しました。 佐藤と佐藤で助け合ったし、たくさん助けてもらいました。
藤原さんは私だったらブレーキを踏むところをアクセル全開で踏み込む人で、1人だったら絶対に見れなかった景色を見せてくれました。

mizhenのことがとても大切で、たまに嫌いで、そしてすごく好きでした。

これからは演じることも他のことも、自分で舵を取りながらマイペースに進んでいきたいと思っています。
この選択が合っているのか不安になることもまだあるしやっぱり寂しいですが、あの時の決断は 間違っていなかったと思えるように生きていきたいです。

今までmizhenとmizhen佐藤幸子を応援してくださった皆様、見守ってくださった皆様、本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。

ここまで続けて来られたのは紛れもなく、mizhenの2人、そしてこれまで出会った方々、応援して見守ってくださった方々のおかげです。
本当にありがとうございました。 そしてこれからも藤原と佐藤と佐藤を見守って頂けると幸いです。
                                 佐藤 幸子

佐藤幸子が、mizhenを離れる、という決断をしたのを機に、mizhenは「おわり」をむかえることにしました。
​10年間、mizhenを応援してくださった皆様本当にありがとうございました。
​下記、藤原佳奈、佐藤蕗子からご挨拶です。

​藤原佳奈 mizhenの「おわり」のご挨拶

佐藤幸子が、mizhenを離れようと思う、と伝えてくれたとき、
「それやったら、mizhen自体も一区切りの方がええんちゃう」と提案しました。
後日幸子は、「てっきり関ジャニ∞の渋谷すばる君パターンかと思ったら、嵐の大野君パターンやったから戸惑った」と言っていました。(わたしはgoogleで調べましたが、この意味を一瞬で理解する人もいるのでしょう。)

幸子が夜風に当たりにいっている間、私達を総称してmizhenと誰かに呼ばれることはあっても、mizhenという名前を、自分で積極的に使うことに抵抗がありました。
自分の中では、でこぼこのお茶目な3人=mizhen なので、幸子お休み中にそれを名乗るのは、なんだか違和感があったのです。

そんな訳で、9月に能登半島の珠洲市に行って、3人で高校生とワークショップをした仕事が、mizhenとしての最後の仕事でした。

ENBUで出会って10年。
2人と出会わなかったら、何もかもが違っていたよな、と思い返します。
出会ったことが、この10年の全て、と言っても過言ではないです。
mizhen初期の方では、私が未熟なのにも関わらずあれこれ決定する役割だったことから、二人にはアホみたいに迷惑をかけ、言葉選びを間違い、傷つけてしまったことも沢山ありました。今でこそ、学生に「創作の場での関係性が大事だ」と偉そうに伝えたりしていますが、それは数え切れない二人とのやり取りの中で、気づかせてもらったおかげです。

過去を抱きしめがちな幸子、今に漂いがちな蕗子、未来に突進しがちなわたし、バラバラな3人で、いつも話していたのは、いま、それぞれの身体の中で何が起こっているか、ということでした。二人が身体で感受したこと、そしてその言葉への信頼は、出会ってから今まで、一度たりとも揺らいだことはありません。私たちはそこだけで、創ってきました。

それが、mizhenの好きなところでした。

よきタイミングで、よき形になるのがいい。と、常々思っています。
mizhenのおわりは、mizhenにとって、必要な形だったと思います。だから、誤解を招きそうですが、よいことだな、と思っています。噓なくあるべき姿であれるのは、嬉しいことなので。

改めまして。これまで一緒に作品を創ってくれた俳優の皆さん、スタッフの皆さん、長くmizhenを支えてくれた制作T氏、私達を助けてくれた皆さん、2回も実施したクラウドファンディングに参加してくれた皆さん、観に来てくれた皆さん、応援してくれた皆さん、出逢ってくださった全ての方、本当にありがとうございました。みなさんのおかげで、mizhenの周りには、忘れたくない沢山の時間がありました。

 

今日は、2021年11月6日。
mizhenをはじめるきっかけになった、ENBU在学中の一日限りの自主公演「ゆきちゃんと日曜日、世界は。」を上演してから丸10年が経った日です。この日の終演後、わたしはこの先、演劇をやると決めました。

「おわる」というのは、「はじまる」ということでもあります。
mizhenのおわりからはじまる佐藤幸子・佐藤蕗子・藤原佳奈のこれからが、とても楽しみです。
私は、おわりからはじまる態度で、これからの創作と向き合っていきます。

本当に、ありがとうございました。

 

                                   2021.11.6  藤原佳奈

​佐藤蕗子 mizhenの「一区切り」のご挨拶

mizhenは、一区切り、することになりました。ENBU時代、1日だけカフェで公演をした日、初めて人前で演技をした日から、ちょうど10年。振り返れば、チカチカと光る、一瞬の夢のようです。
 

さっちゃんの話を聞いたとき、「mizhenというのは、自分にとってなんて大事な場所だったろう」と思いました。ただのお茶目な女3人に”mizhen”という名前をつけただけなのに、それを場所と感じているんだなぁ。だから、幸子がいないのなら、それはもう違う場所だな、と思って、その直後に藤原と話して、mizhenそのものが一区切りだね、という話に、割とすぐなりました。
 

たくさんの人が集まったり交差したり、出来事が生まれたり消えたりした、今のわたしをつくってくれた大切な場所が、”解散”という言葉を使っては、跡形もなく消えてしまう気がして、自分の体の一部が消滅してしまう気がして、しっくりこなかった。わたしにとっては、宝箱にそっとしまうような気持ち、の、一区切り、です。
 

でも、これでよかったと思っている。さっちゃんから初めてその話を聞いたときも爽快感があって「変だけどなんか・・よかったね!」を連発して、嬉しかった気がする。さっちゃんが決断できたことも、思う方に進んでいこうとすることも、それによって私と藤原に変化が起こることも、どれもこれも良いことだし、来るべきタイミングにちゃんとやって来た、感じがしています。
 

これまでmizhenを応援してくださった皆様、関わってくださった全ての皆様、本当に、ありがとうございました。我々は凸凹していたりなんか変だったりして笑、たくさんご迷惑をかけ、そのたびいつも人に助けられていたなぁと思います。皆様がいたから、ここまで、続けて来ることができました。
 

mizhenは一旦一区切り、となりますが、佐藤2名と藤原1名は今後も活動を続けて参ります。(し、オンラインスナックみずとひや、野楽(やがく)プロジェクトも継続していきます!)今後とも、ヒヤヒヤワクワクと見守っていただけますと嬉しいです。
 

さっちゃんかなちゃんありがとう!10年間人生めっっっちゃ楽しかった!二人は、どこにも属せないわたしの、ほぼ初めての、たくさんの時間を一緒に過ごすことのできた人、でした。もっと本格的なババアになったら、宝箱をひっくり返してみたっていいんだからね〜!


​                                       佐藤蕗子